『巨人の足音に追い詰められた、21年の沈黙』
「君にはわからないだろう。背後から、あの巨人が音を立てて行進してくるのを聞くのが、僕たちにとってどんな気持ちか」

ブラームスは、友人への手紙にそう書き残しました。「巨人」とは、他でもないベートーヴェンのこと。 ベートーヴェンが遺した9つの交響曲は、当時の音楽家たちにとって、登ることのできない高すぎる絶壁のような存在でした。
22歳のとき、ブラームスは「自分の交響曲を書こう」と決意します。けれど、ペンを走らせるたびに、背後からあの巨人の足音が聞こえてくる。 「これはベートーヴェンを超えられるのか?」「世間に笑われないか?」
完璧主義者の彼は、納得がいかない旋律を幾度も破棄し、何度も白紙に戻し続けました。
43歳、遅すぎたデビュー作

ようやく彼が「第1番」を完成させたとき、ブラームスはすでに43歳。
当時の感覚では、十分に「遅咲き」の年齢です。
初演は大成功でした。当時の大指揮者ハンス・フォン・ビューローは、最大級の賛辞を贈りました。
「これは、ベートーヴェンの『第10交響曲』だ!」
ベートーヴェンの9つの傑作に続く、正当な後継者としての認定。
これ以上ない名誉なはずでした。
けれど、ブラームスはこの言葉を喜びませんでした。
「21年もかけて、自分の魂を削って、ようやく作り上げた音楽だ。それなのに、結局また他人の名前で呼ばれるのか」
運命に抗う「足音」を聴いてほしい

第1楽章の冒頭、聴こえてくるのは重苦しく、心臓の鼓動を叩きつけるようなティンパニの連打です。
ド、ド、ド、ド……。
それは彼を追い回した巨人の足音かもしれません。あるいは、逃げ出したくなる自分を引き留める、自分自身の心音かもしれません。
この曲は、ベートーヴェンの真似事ではありません。
「自分は自分でしかない」と、21年間もがき苦しんだ男が、ようやく見つけた自分自身の叫びです。
現代を生きる私たちも、常に「誰か」と比較され、自分に納得がいかず、最初の一歩を踏み出せないことがあります。
「あの人に比べたら」
「自分なんてまだ早い」
けれど、ブラームスの21年は教えてくれます。
納得いくまで悩んでもいい、時間をかけてもいい。
その苦悩の時間は、いつかあなたにしか鳴らせない「唯一無二の音」に変わるのだと。
冒頭のティンパニが空気を震わせるとき、あなたはそこに、どんな「戦い」を感じますか?
21年かけて守り抜いた、彼のプライド。
あなたがもし、何かに時間がかかっているとしても、それは「傑作」を生むための準備期間かもしれません。
ブラームスが21年かけて巨人の影を振り払ったその瞬間を、ぜひ聴いて感じてみてください。



