"What is Truth?" Christ and Pilate(≪真理とは何か≫ キリストとピラト)
1890年
眩い太陽の光を浴びて威風堂々と立つ、恰幅の良いローマの総督ピラト。
その対極の深い暗がりの中でひっそりと佇むのは、髪を乱し、みすぼらしい衣服をまとった痩せこけたイエス・キリスト。
「光=善、闇=悪」という伝統的な宗教画の常識を根底から覆すこの劇的な構図。
でも実はこの絵が発表された時、画家ニコライ・ゲーは激しい非難の嵐の渦中にいた。
「神への冒涜だ」「あまりにも醜く不快だ」——時のロシア皇帝アレクサンドル3世すら激怒し、人々の宗教的感情を害するとして展覧会から作品が強制的に撤去される大スキャンダルとなってしまう。
当時のゲーは、華々しい美術界での成功に虚しさを覚え、深い精神的な危機を経験していた。
彼は名声も地位も捨て、ウクライナの農村へ移住。親交の深かった文豪トルストイの思想に強く共鳴し、自らの手で畑を耕しペチカ(暖炉)を直すような、極めて質素で清貧な生活を送るようになっていた。
そんな彼がどうしても描きたかったのは、美しく理想化された超越的な「神」ではなく、権力者に虐げられ、一晩中拷問を受けて疲れ果てた「生身の人間」としての痛ましいイエスの姿だった。
きらびやかな光の中で「真理とは何か?」と冷笑的に問いかけて背を向ける権力者と、暗闇の中で無言を貫きながらも、揺るぎない精神の崇高さを放ち続ける罪人。
世間から迫害され、絶望的な非難を浴びながらもゲーが描き出したこの不格好なキリストは、見せかけの美しさや権威にばかり囚われていた当時の社会に対する、彼なりの強烈な「真理」の提示だったのかもしれない。
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19世紀後半のロシアを代表する写実主義画家であり、当時の保守的な美術体制に反旗を翻した「移動派」の創設メンバーの一人。




