冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏
1834年
海浮世絵ジャポニスム江戸時代
1831〜1834年頃
まるで生き物のようにうねり、今にも襲いかかってきそうな巨大な波。
大自然の猛威に翻弄される小舟にしがみつく人々と、その激しいドラマを波間から静かに見守る富士の山。
日本美術の最高峰として世界中で愛されるこの一枚だが、実はこれが描かれた時、天才絵師・葛飾北斎はすでに70代に達していた。
彼は生涯を通して、風や水といった目に見えない自然のエネルギーを絵に捉えることに並々ならぬ執念を燃やしていた。
とくに「波」の表現には異常なほどのこだわりを持ち、変幻自在な水の動きをなんとか紙の上に留めようと、来る日も来る日も試行錯誤を繰り返していたのである。
この奇跡的な大波も、決して一朝一夕のひらめきで生まれたものではない。
40代の頃に西洋の遠近法や陰影表現を学んで描いた波の絵を原型とし、そこからおよそ四半世紀もの長い歳月をかけて、構図や波頭の形を執拗にアップデートし続けた結果だった。
獲物に襲いかかる鷲の爪のように鋭く飛び散る波しぶきと、当時最新だった舶来の顔料「ベルリン・ブルー」の鮮烈な青。
見る者を呑み込むようなこの圧倒的な迫力は、齢70を過ぎてもなお理想の波を追い求めて足掻き続けた、北斎の凄まじい探求心と生命力そのものなのかもしれない。
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葛飾北斎
1760 – 1849
江戸時代後期に活躍した、日本を代表する浮世絵師。現在の東京都墨田区にあたる地域で生まれ育ち、生涯において90回以上もの引っ越しを繰り返したという型破りな逸話が残…


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