1791年5月3日憲法(Konstytucja 3 Maja 1791 roku)
1891年
ロマン主義誇り祖国
熱狂する群衆に担ぎ上げられ、誇らしげに掲げられる新しい憲法。
ポーランドという国家が生まれ変わろうとした、歴史的な歓喜の瞬間。
でも実は、この絵を描いていた時、画家マテイコは心身ともにボロボロの状態で、死の足音さえ近づいていた。
彼が描いたこの「ヨーロッパ初の近代成文憲法」は、周辺諸国の武力介入と国内の裏切りにより、わずか1年あまりで廃止されてしまう。
その後、ポーランドは周辺国に分割され、地図上から完全に消滅するという悲劇的な運命をたどることになる。
画家自身も、この時代に対して個人的な思い入れはなく、多忙によるストレスと深い鬱に苦しんでいた。
それでも彼は祖国の歴史的節目を後世に残すため、自らの命を削るように、わずか1年足らずでこの巨大な群像画を仕上げた。
彼がキャンバスに描き出したのは、史実の忠実な再現ではない。
亡国の悲劇を痛いほど知る彼が、憲法の精神を完全にとらえた歴史的瞬間として、自らの手で創り上げた理想の「瞬間」だった。
失われた祖国への思いと、老いと病の苦しみの中で描かれたこの作品は、決して暗く沈むことなく、圧倒的な熱量と生命力に満ちている。
絶望的な状況にいた彼を突き動かしたのは、かつてポーランドが確かに持っていた、自由と独立への気高い精神だったのかもしれない。
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19世紀のポーランド美術界を牽引した歴史画家。クラクフで生まれ、ウィーン、パリ、ミュンヘンといったヨーロッパの芸術都市でも活躍しました。









