帰れると思っていた。1830年、20歳のショパンはポーランドを離れ、パリへ向かった。「すぐ戻れる」そう思いながら、荷物をまとめた。しかし旅の途中で、知らせが届いた。祖国で革命が起きた。ロシア軍がワルシャワを占領した。戻ろうとしても、もう戻れない。パリでのショパンは、成功していた。演奏家として名声を得て、貴族たちのサロンに招かれ、外から見れば、華やかな生活だった。でも、ある日のレッスン中、ショパンは突然ピアノを止めて叫んだ。「ああ、私の故国よ!(O, ma patrie!)」ショパンがポーランドに帰ることは、それから死ぬまで、一度もなかった。39歳でパリに息を引き取ったとき、彼の遺言はこうだった。「心臓だけ、ワルシャワに返してほしい」遺体はパリのペール・ラシェーズ墓地に眠っている。心臓だけが、今もワルシャワの教会にある。帰れない場所って、あると思う。場所じゃなくてもいい。あの頃の自分、あの時間、あの関係もう戻れないとわかっていても

切なさ喪失ロマン派
この曲に、本当は『別れ』なんて関係なかった
フレデリック・ショパン
2026.4.21
エチュード 第3番 ホ長調 「別れの曲」 Op. 10-3 1832年作曲
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