Psyche Opening the Golden Box(黄金の箱を開けるプシューケー)

1903年

切なさ後期ラファエル前派神話

薄暗い森の中、ひとりの美しい女性が腰を下ろし、そっと黄金の箱の蓋を開けている。

わずかな隙間からは一筋の煙が立ち上り、彼女は吸い寄せられるようにその中を覗き込んでいる。

古代ギリシャ神話に登場する王女、プシューケーを描いた静かで神秘的なワンシーン。
でも実は、彼女が今まさに開けたこの箱の中には、希望の品ではなく「死のような深い眠り」が閉じ込められている。

彼女はそのあまりの美しさゆえに、美の女神ヴィーナスの激しい嫉妬を買ってしまった。

最愛の夫である愛の神キューピッドとも引き離され、彼を取り戻すためにヴィーナスから次々と「不可能な試練」を課されることになる。

その最後の難題が、「冥界の女王のもとへ行き、箱に『美の秘薬』を分けてもらうこと」だった。

過酷な旅の末に無事に箱を手に入れたものの、「絶対に中を見てはならない」という忠告に彼女は逆らってしまう。

愛する夫に再会する前に少しでも自分を美しくしたいという誘惑に負け、禁断の箱を開けてしまったのだ。

そこから出てきたのは美の薬などではなく、人を深い眠りに引きずり込む魔法の煙(香り)だった。

ウォーターハウスが描いたのは、箱から立ち上る甘く危険な眠りの呪いに魅入られ、彼女が抗えない睡魔へと落ちていく、まさにその絶望的な瞬間である。

しかし、画家がこの絵に込めたのは、単なる「愚かな失敗」や「悲劇」ではない。

当時の批評家が指摘したように、ウォーターハウスは運命や魔法に翻弄される犠牲者のようなヒロインたちを、むしろ「苦難を通じて魂を開花させる勝利者」として捉えていた。

事実、神話におけるプシューケー(ギリシャ語で「魂」の意)は、この死のような眠りに落ちた後、駆けつけたキューピッドによって救い出され、ついには神々の仲間入りを果たして永遠の愛を手に入れるのである。

一見すると、取り返しのつかない破滅に向かう絶望の場面。

しかしその根底には、愛のために過ちを犯す人間らしさと、その先にある「魂の救済と変容」への確かな希望が隠されている。

深い眠りに落ちる直前の彼女の姿が、暗く沈むどころか、どこか甘美で静かな魅力に満ちているのは、そのためかもしれない。

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ラファエル前派の精神を色濃く受け継いだイギリスの画家。イギリス人の画家の両親のもとローマで生まれ、ロンドンの王立芸術院(ロイヤル・アカデミー)で学んだのち、自身…

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