The Shadow(影)
1909年
ロマン主義別れ神話
中世の城の冷たい石壁に、ひとつの濃い影が落ちている。
遠い戦地へと旅立つ若き騎士と、彼を見つめる乙女の静かで親密な別れの場面。
しかし、彼女の視線と指先が向かっているのは、愛する彼自身ではなく、壁に映った彼の「影」の輪郭だ。
一見すると、中世のロマンティックな恋人たちを描いた美しい一枚。 でも実は、この絵の本当のテーマは、古代ギリシャの『博物誌』に記された「絵画(芸術)の起源」に関する伝説なのだ。
元の神話は、戦争に赴く恋人の姿を永遠に残すため、乙女がランプの光で壁に映った彼の影をなぞったというもの。
レイトンは、この古代の切ない逸話を、自らの代名詞である「中世の騎士道物語」の世界へと見事に置き換えてみせた。
眼下の海をよく見ると、若き十字軍の騎士を遠くへ連れ去る船が、今か今かと待機しているのがわかる。
生きて帰れる保証のない過酷な運命。 彼がここから立ち去れば、壁の影も一瞬にして消え去ってしまう。
写真など存在しない時代、彼女は狂おしいほどの不安の中で、愛する人が「確かにここにいた」という証を、必死に壁に刻み付けようとしているのだ。
触れられない「影」をなぞる乙女の切実な祈り。
甘美な中世のヴェールの奥に、いつの時代も変わらない「愛する者を失う恐怖」と「記憶を永遠に留めたいと願う切なさ」が閉じ込められた、胸を打つ傑作である。
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