Les Adieux(別れ)
1871年
固く閉ざされた鉄格子の門越しに、手を握り合い、じっと見つめ合う男女。 足元には枯れ葉が散り、18世紀のクラシカルな衣装に身を包んだ恋人たちの、メランコリックで美しい別れの情景。
しかし実は、このロマンティックな絵の裏には、画家ジェームズ・ティソの凄惨な記憶と、絶望的な逃避行が隠されている。
この絵が描かれた1871年、彼は祖国フランスから命からがらロンドンへと逃れてきたばかりだった。 当時のパリは、普仏戦争とそれに続く「パリ・コミューン」と呼ばれる血生臭い内戦の真っ只中。
かつて優雅な上流階級を描いて大成功を収め、豪華な邸宅に住んでいたティソも、国民衛兵として過酷な戦線に身を投じ、負傷までしていた。
そこで彼が目撃したのは、処刑された市民の遺体が、まるで「ボロ人形」のように城壁から投げ捨てられるという、地獄のような光景だった。
心に深いトラウマを負い、ポケットにわずか100フランだけを忍ばせてロンドンへ亡命したティソ。
異国の地で生き直すための最初の一歩として描かれた作品の一つが、この『別れ』だったのだ。
二人を分かつ冷たい鉄の柵は、単なる舞台装置ではなく、二度と戻れない過去や祖国との残酷な断絶を表しているかのようにも見える。
女性の腰に下げられたハサミや散りゆく秋の落ち葉は「喪失と別離」を暗に示している。
しかし同時に、足元には「忠実」や「結婚」を意味するツタや、「希望」と「情熱」を象徴するヒイラギがひっそりと描かれている。
凄惨な戦争の記憶とすべてを失った絶望の淵で、彼はこの静かな別れの絵の中に、自らの新たな人生への再生と希望をそっと託していたのかもしれない。
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19世紀後半にフランスとイギリスの両国で活躍した画家。初期はパリで成功を収めていたが、普仏戦争とそれに続くパリ・コミューンの動乱を逃れ、1871年にロンドンへ移…
















