The Finding of Moses(モーセの発見)

1904年


ナイル川の岸辺を練り歩く、華やかな祝祭の行列。 透き通るようなピンクの衣装をまとったファラオの娘が、神官たちの担ぐ豪奢な輿の上から穏やかな微笑みを浮かべている。 手前には色鮮やかな青いデルフィニウムが咲き乱れ、ピンクのリボンと蓮の花で飾られたゆりかごには、川で拾われたばかりの赤子(モーセ)の姿がある。

古代エジプトのきらびやかな情景を切り取ったようなこの作品。でも実は、この絵は画家ローレンス・アルマ=タデマの、狂気とも言える「完璧主義」と執念の結晶だった。

1902年、アスワン・ダムの開通式に招かれてエジプトを訪れた彼は、その地の歴史的魅力にすっかりとりつかれてしまう。 もともと歴史的考証への執着が強かった彼は、大英博物館などに通い詰めて古代の遺物を徹底的に研究した。宝飾品から椅子の装飾、背後に見えるヒエログリフに至るまで、考古学的な正確さを求めて画面の隅々に本物のディテールを詰め込んだのだ。

あまりにも細部へこだわり抜いた結果、彼はこの一枚を仕上げるのに丸2年もの歳月を費やしてしまう。その異常な没入ぶりには、妻すらも「あなたが描き終わる頃には、赤ん坊のモーセも2歳の幼児になって自分で歩き出しているわね」と皮肉をこぼしたほどだった。

しかし、これほどの情熱を注ぎ込んだ傑作にもかかわらず、彼の死後、美術界の流行が近代芸術へと移り変わると、作品は「時代遅れ」として不当なまでに冷遇されるようになる。 1950年代には「立派な額縁だけが目当てで買われ、絵の本体は路地裏にポイ捨てされた」という都市伝説がまことしやかに囁かれるほど、その評価はどん底に落ちてしまった。

それでも、彼が執念で築き上げた古代エジプトの幻影が完全に消え去ることはなかった。 キャンバスに描かれた圧倒的なリアリティとスケール感は、やがて海を越え、ハリウッドの映画監督たちの目に留まる。そして『十戒』や『クレオパトラ』といった歴史スペクタクル映画の美術セットや衣装に、決定的なインスピレーションを与えることになったのだ。

彼が途方もない時間をかけてキャンバスに蘇らせた「完璧な古代」は、美術界から見放されたあとも、銀幕の世界を通して現代の私たちの記憶に生き続けているのかもしれない。

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ヴィクトリア朝のイギリスを代表する画家であり、王立芸術院(ロイヤル・アカデミー)会員。オランダで生まれ、後にイギリスへ移住して同国に帰化した。

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